いつもどおりの時間、ふつうならバイトからの帰り道に通るあの場所。
乾ききったコンクリートの駅前。
空からは珍しい、秋の小雨が降り注ぐ。
傘を差すほどでもない、たおやかな雨。
薄汚れたベンチが濡れて、てらてらと光る。
そのなかで彼女は唄っている。
なにかを研鑽するように。
なにかを叙情するように。
なにかを演繹するように。
おれは抱えた荷物に邪魔されながら、ポケットから金色の硬貨を取り出す。
彼女は――。
あまりにも美しかった。
歌声は――。
あまりにも素晴らしかった。
そして、
そして彼女は、
誰からも顧みられなかった。
誰からも存在を認められなかった。
ああ。
皆が急いた足取りで我が道を行く。
まるで行き着く先に、これより素晴らしい物があるんだとでも言わんばかりに。
おれは、唐突に叫び出したい衝動に駆られた。
ここに素晴らしいなにかがある、そう叫びたかった。
金脈を探し当てた炭鉱夫のように。
埋蔵金を見つけた冒険家のように。
海底に船を見たダイバーのように。
ここに滅茶苦茶スッゲーもんがあるぞおぉ!
そう伝えてやりたかった。
奴らの目を覚ましてやりたかった。
おれは泣いたかもしれない。
雨が伝ったのかもしれない。
しかし確かに、おれの胸の内には。
得体の知れないものが蠢いていた。
それは太陽の中心より熱かった。
それは月の裏側より冷たかった。
そしてなにより、
彼女の声がそれを助長していた。
……やがて唄い終えた彼女は、
あろうことか微笑んで、
ギターを傍らに置いた。
そして、まるで有り合わせたように。
カッターを懐から取り出して、自らの首筋に当てた。
誰も、
おれの他には誰も、気づかなかった。
目の前の可憐な女の子の、死よりも。
大切な事柄があるんだとでも、言わんばかりに。
蒙昧な愚衆は歩き去っていった。
彼女の手が――。
動く。
おれの弾いたコインを、受け止めるために。
「お嬢さん!」
おれは近付きながら、ほとんど叫ぶような声量で、それでもクールな言葉を放った。
「きみの死は、おれのリクエストじゃあない!」
乾ききったコンクリートの駅前。
空からは珍しい、秋の小雨が降り注ぐ。
傘を差すほどでもない、たおやかな雨。
薄汚れたベンチが濡れて、てらてらと光る。
そのなかで彼女は唄っている。
なにかを研鑽するように。
なにかを叙情するように。
なにかを演繹するように。
おれは抱えた荷物に邪魔されながら、ポケットから金色の硬貨を取り出す。
彼女は――。
あまりにも美しかった。
歌声は――。
あまりにも素晴らしかった。
そして、
そして彼女は、
誰からも顧みられなかった。
誰からも存在を認められなかった。
ああ。
皆が急いた足取りで我が道を行く。
まるで行き着く先に、これより素晴らしい物があるんだとでも言わんばかりに。
おれは、唐突に叫び出したい衝動に駆られた。
ここに素晴らしいなにかがある、そう叫びたかった。
金脈を探し当てた炭鉱夫のように。
埋蔵金を見つけた冒険家のように。
海底に船を見たダイバーのように。
ここに滅茶苦茶スッゲーもんがあるぞおぉ!
そう伝えてやりたかった。
奴らの目を覚ましてやりたかった。
おれは泣いたかもしれない。
雨が伝ったのかもしれない。
しかし確かに、おれの胸の内には。
得体の知れないものが蠢いていた。
それは太陽の中心より熱かった。
それは月の裏側より冷たかった。
そしてなにより、
彼女の声がそれを助長していた。
……やがて唄い終えた彼女は、
あろうことか微笑んで、
ギターを傍らに置いた。
そして、まるで有り合わせたように。
カッターを懐から取り出して、自らの首筋に当てた。
誰も、
おれの他には誰も、気づかなかった。
目の前の可憐な女の子の、死よりも。
大切な事柄があるんだとでも、言わんばかりに。
蒙昧な愚衆は歩き去っていった。
彼女の手が――。
動く。
おれの弾いたコインを、受け止めるために。
「お嬢さん!」
おれは近付きながら、ほとんど叫ぶような声量で、それでもクールな言葉を放った。
「きみの死は、おれのリクエストじゃあない!」